「原子力マインドコントロール」を解除する

 先日、ニュースで避難所の女性がインタビューを受けて「自分たちは原発がなかったら、全員失業していただろう」という意味のことを答えていた。私は自分の耳を疑った。
 自分の故郷に原発が誘致され、自分も含めて周りの住民がそこで働くことになり、それは割のいい仕事だったため、生活は豊かになり、家も建てて、安楽に暮していた、というのはわかる。広瀬隆氏は、それを称して「原発村の村民」と呼んだ。つまり、好むと好まざる、意識するしないに関わらず、ひとつの図式の中に組み込まれ、結果として原発から恩恵を受けて、原子力開発の片棒を担ぐことになっている人たちの総称だ。それは、電力会社を中心に、行政を巻き込む形での、一種の閉じた共同体(村社会)を形成している、というのが広瀬氏の主張だろう。
 そうした「仕組まれた」共同体意識が、「原発がなかったら、自分たちは全員路頭に迷っていた」というところまで(意識の上だけでも)行っていたとするなら、それは「世間が狭い」というレベルを通り越して、ある種のマインドコントロールのレベルまで達していると感じる。
 これだけの事故を目の当たりにすれば、たいていは真実に目覚め、幻想が崩れるはずだが、そうとう重症のようだ。

 「ダブルバインド(二重拘束)」という言葉が、ふと頭をよぎる。この概念は統合失調症の原因のひとつと目されているが、たとえば、母親が子どもに対して、口では「愛している」と言いながら、目が怒っている、といったように、実際の言語とボディランゲッジが相反する情報を発信していたり、抱きしめたかと思うと突き放す、今日は「愛している」と言いながら、明日は「お前なんか嫌いだ」と言ってみたりと、態度に一貫性がなくころころ変わる、といった場合、子どもは相反する情報のどちらを信じていいのかわからず混乱する。一度や二度ならともかく、そうした状態が日常的になってしまうと、子どもは心理的な錯乱状態に陥る、というのだ。

 さて、この「発信する情報が一貫せずころころ変わる」といった状況、どこかで聞いたことがないか。今日は「安全です」と言ったかと思うと、明日は「危険です」と言ってみたり、各自がてんでばらばらなことを言ったかと思うと、今度は情報の発信源が統合されたのはいいが、その内容が曖昧で具体性に欠けたりと、これは原発事故を受けて、今私たちがまさに経験していることだ。私たちは今、「ダブルバインド」を受けているのである。「落ち着いて冷静に対処してください。風評被害の加害者にならないでください」と言われても無理な相談だ。これも一種のマインドコントロールではないか。

 原発村の村民がマインドコントロールを受けているとしたら、それをどう解除したらいいのか。私は専門家ではないので、詳しくはわからないが、重症の場合は今後専門の治療が必要になるケースもあり得るかもしれない。
 そこまでいかなくとも、自分がどこまでコントロールされているか、セルフチェックする方法はある。心の深い部分に潜んでいる相手の本音を探り出す方法として「5Why法」というのがある。「なぜ」で始まる質問を5回繰り返す、という単純な方法だ。5回というところがミソで、それ以上でも以下でもいけない。もちろん質問の仕方でも相手の答えは変わってくるだろうが、5回目には、何となく本音が見えてきたりする。
 この5回の質問を自分に向けて発し、自分で答えてみるのだ。その場合重要なことは、自分で発した答えが、自分にとって納得できる答えかを、一回一回チェックしながら先へ進む、ということである。自分の答えが、どこかで自分を誤魔化していると感じたら、納得のいく答えが出るまで、同じ質問を繰り返してみること。

 ひとつ悪い例を示そう。

Q1:なぜ自分は「原発村」の村民になったのか?
A1:原発は危険であるとわかっていたが、金が儲かるからそうした。
Q2:なぜ危険を承知で金儲けがしたかったのか?
A2:危険の感覚が薄かったのだろうし、金が幸せを運んできてくれると信じていたからだ。
Q3:なぜ金が幸せを運んできてくれると信じたのか?
A3:それまで貧乏な暮らしだったからだ。
Q4:なぜ貧乏な暮らしだったのか?
A4:学歴がなかったからだ。
Q5:なぜ学歴がなかったのか?
A5:頭が悪かったからだ。
Q6:なぜ頭が悪かったのか?
A6:親が悪かったからだ。
Q7:なぜ親が悪かったのか?
A7:親の親が悪かったからだ。

 もうおわかりのように、この例では、自分の状況を永遠に他人のせいにしている。これでは自分で納得のいく答えは得られず、堂々巡りを繰り返すだけで、出口は見い出せない。セルフチェックしている本人も、そのことに気づいているはずだ。
 この例を、一回一回の質問に対し、自分の内面と向き合うようにして、納得のいく答えをもって先に進み、きちんと5回で完結させると、どうなるかを試してみよう。

Q1:なぜ自分は「原発村」の村民になったのか?
A1:原発は危険であるとわかっていたが、金が儲かるからそうした。
Q2:なぜ危険を承知で金儲けがしたかったのか?
A2:危険の感覚が薄かったのだろうし、金が幸せを運んできてくれると信じていたからだ。
Q3:なぜ金が幸せを運んできてくれると信じたのか?
A3:おそらくそれまでの貧しさを職業選択の言い訳にしていたからだろう。
Q4:なぜ貧しさを職業選択の言い訳にしたのか?
A4:自分の努力が足りない言い訳としてちょうどよかったからだろう。
Q5:なぜ自分で納得いくまで努力できなかったのか?
A5:・・・・。

 あえて、最後の答えは空白にしておいた。おそらくこの最後の答えには個人差があって、それこそが、あなた独自の答えであるはずだ。この5番目の質問に至って、問題の核心に触れていることが、何となくおわかりいただけるだろう。
 同じ質問で始まるセルフチェックの例を、もう二つ挙げておこう。これも、最後の答えは空白にしておく。

Q1:なぜ自分は「原発村」の村民になったのか?
A1:原発は安全であると信じたからだ。
Q2:なぜ原発は安全だと信じたのか?
A2:東電という日本を代表する大企業がそう言って保障したからだ。
Q3:なぜ自分は大企業の言うことを信じたのか?
A3:きっといい大学を出た偉い人が責任者をやっていると思ったからだ。
Q4:なぜ大企業の責任者は、いい大学を出た偉い人だと言えるのか?
A4:きっとそれは、自分の偏見だったのだろう。
Q5:なぜ自分は偏見を抱いていたのか?
A5:・・・・。

Q1:なぜ自分は「原発村」の村民になったのか?
A1:自分の周りはみんなそうだったし、他に選択の余地がなかったからだ。
Q2:なぜ他に選択の余地がなかったのか?
A2:他の選択をしたら、ここに自分の居場所がなくなるからだ。
Q3:なぜ他の選択をしたら、ここに自分の居場所がなくなるのか?
A3:きっと自分はここでなければ生きられないと思い込んでいたからだろう。
Q4:なぜ自分はここでなければ生きられないと思い込んでいたのか?
A4:自分に自信がなかったし、ここを出ることが怖かったのだろう。
Q5:なぜ自分に自信が持てず、変化を怖れていたのか?
A5:・・・・。